大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成3年(ワ)9157号 判決

甲、乙事件原告

亡國村静子遺言執行者

國村三郎

右訴訟代理人弁護士

三木一徳

甲、乙事件被告兼丙事件原告(以下「被告五兵衛」という。)

國村五兵衛

甲、乙事件被告兼丙事件原告(以下「被告道雄」という。)

國村道雄

右訴訟代理人弁護士

浅井正

甲、乙事件被告兼丙事件被告(以下「被告三郎」という。)

國村三郎

丙事件被告(以下「被告昭子」という。)

國村昭子

丙事件被告両名訴訟代理人弁護士

三木一徳

主文

一  (甲事件について)

被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎は、甲事件原告に対し、別紙物件目録一、二の土地についての神戸地方法務局姫路支局平成三年五月三一日受付第二二二四七号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

二  (乙事件について)

被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎は、乙事件原告に対し、別紙物件目録三の土地についての神戸地方法務局姫路支局平成三年六月五日受付第二二八四四号國村静子持分全部移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  (丙事件について)

被告五兵衛及び被告道雄の請求をいずれも棄却する。

四  (甲、乙、丙事件を通じて)

訴訟費用は、甲、乙、丙事件を通じて、これをすべて被告五兵衛及び被告道雄の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲、乙事件について)

一  請求の趣旨

主文第一、四項と同旨

二  請求の趣旨に対する被告五兵衛及び被告道雄の答弁

1  (本案前の答弁)

(一) 甲、乙事件の訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は甲、乙事件原告の負担とする。

2  (本案の答弁)

(一) 甲、乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は甲、乙事件原告の負担とする。

(丙事件について)

一  請求の趣旨

1  被告三郎及び被告昭子は、被告五兵衛に対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告三郎及び被告昭子は、被告道雄に対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する平成三年一〇月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告三郎の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告五兵衛及び被告道雄の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は被告五兵衛及び被告道雄の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 國村静子(以下「静子」という。)は、平成三年四月一五日死亡したところ、その相続人は、長男の被告五兵衛、二男の被告道雄及び四男の被告三郎の三名のみである。

被告昭子は、被告三郎の妻である。

2 静子は、右死亡当時、別紙物件目録の各土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。

3 静子は、平成元年九月七日、次の内容の自筆証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

(一) 静子は、被告三郎に対し、本件土地一のうちの持分二分の一及び本件土地二の所有権を相続させる。

(二) 静子は、被告昭子に対し、本件土地一のうちの持分二分の一を遺贈する。

(三) 静子は、被告三郎を遺言執行者に指定する。

4 被告五兵衛、被告道雄、被告三郎は、本件土地一、二について、神戸地方法務局姫路支局平成三年五月三一日受付で原因を同年四月一五日相続とする各所有権移転登記を経由させ、右各登記において、共有者を被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎、持分を各三分の一とそれぞれしている。

5 よって、原告は、被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎に対し、右各登記の抹消登記手続をするよう求める。

二  被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張

被告三郎は、平成三年九月二二日、被告五兵衛、被告道雄に対し、遺言執行者の就任を固辞する旨の意思表示をしたので、原告には、原告適格がない。

なお、大阪家庭裁判所において、平成三年五月三〇日、本件遺言の検認の手続がとられた際にも、被告三郎は、遺言執行者就任の意思表示を留保して、その指定のための第四条遺言執行人の条項を読み上げなかった。

三  本案前の主張に対する原告の主張

1 被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張は、平成四年一〇月二六日の本件口頭弁論期日において、すべての証拠調べが終了し、次回の同年一二月二日をもって終結する予定であったのに、右終結段階で受任した訴訟代理人が、突如述べるに至ったものであり、訴訟の遅延を目的として時機に遅れて提出されたものであるから、却下すべきである。

2 被告三郎は、遺言書検認手続において、遺言書前文を読み上げ、被告五兵衛及び被告道雄は、被告三郎が遺言執行者に就任したことを認めていたところである。被告三郎は、平成三年九月一日、被告五兵衛及び被告道雄に対し、遺言書全文を横書きにした書面を交付するとともに、「自分は遺言執行者として遺言書どおり処理する。」旨述べた。また、同月二二日に遺言執行者就任固辞の意思表示をしたことはない。

四  請求原因に対する被告五兵衛及び被告道雄の認否

請求原因事実は、すべて認める。

五  被告五兵衛及び被告道雄の抗弁

1 被告三郎は、平成三年九月二二日、被告五兵衛及び被告道雄との間で、被告昭子を代理するとともに自らも、本件遺言の効力を滅却させて、静子の遺産としての本件土地を次の(一)のとおり分割する旨の遺産分割協議に合意し、更に、同年一〇月六日、右協議結果を次の(二)のとおり修正することに合意した。その結果、静子の遺産である本件土地についての価格による分割結果は、被告三郎及び被告昭子が合計五〇パーセント、被告五兵衛及び被告道雄が各二五パーセント宛を取得することになった。

(一) 本件土地一は、被告三郎が二分の一、被告五兵衛及び被告道雄が各四分の一宛取得する。

(二) 本件土地二は、被告昭子が取得する。

(三) 本件土地三は、被告五兵衛及び被告道雄が各二分の一宛取得する。

(四) 名古屋市瑞穂区松月町四丁目一九番五号所在の土地は、被告道雄が元から所有する物件であることから、これを確認する趣旨でその取得分とする。

2 被告三郎は、右遺産分割協議が成立しているのに、遺言執行者として本訴請求に及んだことは、その権利の濫用である。

六  被告五兵衛及び被告道雄の抗弁に対する原告の認否

抗弁事実は、いずれも否認する。

七  被告三郎の応訴状況

被告三郎は、本件口頭弁論期日に出頭しながらも、答弁書その他の準備書面を提出せず、請求の趣旨及び請求原因に対する何らの応訴もしない。

(乙事件について)

一  請求原因

1 甲事件の請求原因1ないし3のとおり

2 被告五兵衛、被告道雄、被告三郎は、本件土地三について、神戸地方法務局姫路支局平成三年六月五日受付第二二八四四号で、原因を同年四月一五日相続とする各所有権移転登記を経由させ、右各登記において、共有者を被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎、持分を各九分の一とそれぞれしている。

3 よって、原告は、被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎に対し、右各登記の抹消登記手続をするよう求める。

二  被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張

甲事件の本案前の主張のとおり

三  本案前の主張に対する原告の主張

甲事件の本案前の主張に対する原告の主張のとおり

四  請求原因に対する被告五兵衛及び被告道雄の認否

甲事件の請求原因に対する被告五兵衛及び被告道雄の認否のとおり

五  被告五兵衛及び被告道雄の抗弁

甲事件の被告五兵衛及び被告道雄の抗弁のとおり

六  被告五兵衛及び被告道雄の抗弁に対する原告の認否

甲事件の被告五兵衛及び被告道雄の抗弁に対する原告の認否のとおり

七  被告三郎の応訴状況

甲事件の被告三郎の応訴状況のとおり

(丙事件について)

一  請求原因

1 甲事件の請求原因1ないし4、並びに乙事件の請求原因2のとおり

2 甲事件の被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張のとおり

3 被告五兵衛及び被告道雄の抗弁1のとおり

4 被告三郎及び被告昭子は、被告五兵衛及び被告道雄との間の遺産分割協議結果を争い、共謀して、甲、乙事件を提起した。

5 被告五兵衛及び被告道雄は、被告三郎及び被告昭子の右不当訴訟の提起により、多大な精神的苦痛を被ったので、これを慰謝するためには、各五〇〇万円の賠償が必要である。

6 よって、被告五兵衛及び被告道雄は、それぞれ、被告三郎及び被告昭子に対し、連帯して、不法行為による損害賠償として、五〇〇万円及びこれに対する甲事件提起による不法行為の日である平成三年一〇月二八日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1の事実は、すべて認める。

2 同2、3の事実は、いずれも否認する。

3 同4の事実は、被告三郎が遺言執行者として、甲、乙事件を提起したことは、認める。その余の事実はすべて否認する。

4 同5の事実は、否認する。

第三  証拠

甲事件記録中の書証目録及び証人等の記載を引用する。

理由

第一  (甲、乙事件について)

一  被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張について

1  原告は、被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張が時機に遅れた主張である旨主張するので検討するに、右被告らは、原告が甲、乙事件の訴状における請求の原因として「遺言執行者就職の承諾をした」旨の記載をした点について、答弁書では、これを争う旨述べていたところであるから、右本案前の主張は、これを法的に構成し、追加主張した面を有するに過ぎず、かつ、その主張の当否を決するためのみの追加的証拠調べを要する事態を招くものでもないので、殊更時機に遅れて主張されたものとして、却下することが相当であるとはいえない。

2  次に、右本案前の主張の当否について検討するに、元来、遺言執行者就任のためには、被指定者において就職のための意思表示を要するものではなく、単に就職辞退を相続人に告げることにより、その責務を免れると解すべきところである。

ただ、その手続上の疑義を主張するものと解される面もあるので、検認手続上の瑕疵の存否についても検討するに、証拠(甲三、乙一四、被告三郎本人)によれば、静子作成の遺言書は便箋四枚に記載されたものであることが検認手続に照して明らかであるから、被告三郎は、大阪家庭裁判所において、平成三年五月三〇日、静子の遺言書全文を読上げたものと認めることができ、この点における疑義は存しない。

また、証拠(乙一ないし四、被告五兵衛、被告道雄及び被告三郎各本人)によれば、平成三年九月二二日、被告五兵衛、被告道雄との間で、遺言内容に沿う本件土地の処分をしなかった場合の分割方法についての協議に応じたことが認められるものの、遺言執行者の就任を固辞する旨の意思表示をしたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張は、前提事実を欠き、採用できない。

二  甲、乙事件の各請求原因は、すべて当事者間に争いがない。

三  被告五兵衛及び被告道雄の抗弁について

1 被告五兵衛及び被告道雄の抗弁1の遺産分割協議の成立の点は、遺言執行者に対する主張としては失当である。すなわち、本件遺言は、静子の死亡により直ちにその効力を生じて、本件土地は被告三郎及び被告昭子に帰属すべき部分が定められているところであり、相続人間の遺産分割協議を要する部分を残していないところ、遺言執行者としては、被相続人の意思にしたがって右権利関係の実現に努めるべきところであり、相続人間において、これに反する合意をなして、遺言内容の実現を妨げるときは、これを排除するのが任務でもある。したがって、相続人間における遺産分割が、贈与契約ないしは交換契約等として、遺言内容の事後的な変更処分の意味でその効力を保持すべき場合が存するとしても、その合意の存在をもって、遺言執行者の責務を免除する性質及び効力を有するものと解することはできない。

2  被告五兵衛及び被告道雄の抗弁2の甲、乙事件における本訴請求が権利濫用を構成するか否かの点についても、右判示の趣旨によれば、被告三郎が遺産分割協議に応じたこと、遺言執行者として被告三郎が指定されていたことを理由として、権利濫用を主張するものと解してみても、被告三郎の遺言執行者としての責務に照せば、本訴提起に至るのは当然の事理であって、非難の余地はない。

第二  (丙事件について)

一  請求原因1の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  請求原因2の事実については、被告五兵衛及び被告道雄の本案前の主張について前記判示のとおり、これを認めるに足りる証拠がない。

三  請求原因3の遺産分割協議の成否について検討するに、被告五兵衛及び被告道雄の抗弁1の事実に副う証拠(乙一ないし四、被告五兵衛及び被告道雄各本人)が存しているものの、これに反する証拠(甲一二、一三、被告三郎本人)に照せば、被告三郎は、平成三年六月一〇日ころ、本件土地についての登記簿謄本を取り寄せて、被告五兵衛及び被告道雄が本件土地についての所有権移転登記を了していることを知り、その対処方を原告訴訟代理人弁護士に相談していたこと、被告五兵衛及び被告道雄は、被告三郎に対し、同年八月一四日ころから、本件遺言の内容に不満の意を示し、被告昭子が遺贈分の放棄することを求めるとともに、静子の子としての法定相続分に応じた三分の一宛の分割を強く求めたこと、そのため、被告三郎は、平成三年九月一日及び同月一五日の二回にわたり、被告五兵衛及び被告道雄と会合し、更に、同月二二日、受遺者たる被告昭子とともに、右被告らと面談したこと、その結果、本件土地についての分割案が本件遺言を修正する内容で概ねの合意に達し、その結果を記載した書面に署名したこと、しかしながら、本件土地の測量及び評価等の結果による金員による調整の必要もあったうえ、その他の遺産としての積極・消極財産の処分並びに生前贈与分の持ち戻しの可否等のほか、祭具等の承継者の指定等の問題点もあったため、更に協議を重ねることの必要性も確認されたこと、そのため、同年一〇月六日に再協議がなされて、本件土地の評価額について再検討することとされたものの、その余の問題点については進展がなかったこと、そこで、被告三郎は、甲、乙事件提起による権利関係の回復と確定を求めることにした等の経過を認めることができる。なお、右認定に反する証拠(乙二一、四一)は、右協議の場においては、平穏な雰囲気が存したとするほかには、遺産分割協議成立のための合意内容についての認識において不十分な見解を前提にするものに過ぎないので、措信できない。

そうすると、被告三郎、被告五兵衛及び被告道雄らの間において、本件土地についての遺言内容を変更する一応の合意に達したことを認めることができるものの、その合意内容自体において、いまだ一応の方針に過ぎないうえ、他の相続関連問題の解決がなされるのでなければ、到底最終的に合意に至る見込を有していないものであったことは、右当事者間においても明らかであったというべきである。

したがって、請求原因3の遺産分割協議が成立したと認めることはできない。

四  そうすると、被告三郎が遺言執行者として、甲、乙事件提起に至ったことについては、その余の請求原因事実について検討するまでもなく、不法行為責任を問うべき前提を欠くものというべきである。また、被告昭子については、なおその根拠に欠けるものというべきである。

第三  結論

以上によれば、甲、乙事件における原告の請求はすべて理由があるから、これを認容するけれども、丙事件における被告五兵衛及び被告道雄の請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとする。

よって、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官伊東正彦)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例